スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

教室の日

先週今週と二週続いた教室。

夕べ、激しい便秘と朝方まで格闘していたりしたので
睡眠不足のまま、苦手な批評に臨まなくてはならなくなった。
っていうのは、紛れも無く言訳ですが例によって自分が何を
発言しているのかわからないほどあがってしまう(泣)
やっぱり、批評は苦手・・・・
にしても今日は酷かったとその後の気持ちがずっと重い。

中学生あたりまでは、結構積極的に人前で発言できていたのに
どういうわけか(いやぁ、なんとなくきっかけはわかっているけれど)
苦手になってしまったなぁ。
ありとあらゆる「〇〇委員」なんていう役を引き受けて、結局
ひとりで被らなければならなくなってしまうということを繰り返した
のちに、だんだん表に出るのを嫌うようになったのだろう。と思うけど
もしかすると、もともとの性格がこんなだったかも知れないとも思う^^

長男もそれと似たような道を辿っているような・・・・・・・

というかそんなことより、初心の「人の歌こそ大切にする」という気持ちを
今一度、言い聞かせなきゃいけないと思った。

2人で電話批評会^^

時折、電話批評会を行います。

批評会って言ったって2人ですが。

同じ短歌会に属し、共に教室に通うお姉さまとお世辞抜き、ためらい抜きの
批評会。
その発言は、だんだん得られる信頼と共にエスカレートしてきている今日この頃です。

電話で行うものだから、今日もあったのですが「言うがに」を「優雅に」として
しまうという弊害があるので、お互いノートに書き出してから評します。

いつから始まったのか?
それは、思いがけず頂いた先方からの一枚のお葉書からでした。
そういう方との出会いは、やはり大切にしたい。
けれど私は、短歌を詠む人なのに口頭で伝えることがかなり下手。
毎月の教室でも、歌会でも人様の歌を批評するのは苦手で、順番が来るまでに
いろいろと「こう言おう」「ああ言おう」と思うことがあったはずなのに、
その半分も言えずに、それどころか、とんでもないことを口走ってしまう。
心とは裏腹な言葉を発してしまう。
けれど、いつも隣の席に座るお姉さんは、私のそんなところも受け入れて
くださった。
人見知りの激しい私は、子供の頃からずっと個人対個人の付き合いを好んできた
から「全体の中の私」の存在を意識すると辛くなっていたけれど、そのスタンス
が今になっても変えられないということは、一生変わらないのだろう(汗)

それでも、そんな私の性格を知ってか知らずか、お姉さまは、私の感じるところを
こうして電話で引き出してくれる。
「あなたってどんな脳しているのかしら?^^」なんて言われつつ、一風変わった
感覚を受け止めてくれる。
とても有り難いことで、だけどそういう人の優しさばかりに甘えていてはいけない
とも思う。思うけどやっぱりどう転んでも私は甘えん坊なんだと思う。
一度、信頼できると感じたら私は容赦なく突っ込みを入れてしまう。
その代わり、私の歌、私自身に対する批評も厳しいものであっても、それを
喜びと思える。数は多くないけれど、そういう人が何人かいて、今日の私がいると思う。
電話批評会は、とても有意義。
いわゆる「ひとりよがり」な歌が私にどれほど多いか気づかせてくれる。
一読してもらって、私の意とするところからかけ離れた読みを聞かされる。
私の意を言うと、「それだったらばこの表現をなんとかしよう」と指摘してくれる。
そして共に考えてくれる。
それはお互い様である。

表現の難しさは、短歌だけでなく全ての書き言葉、話言葉において感じるけれど、
私は人に生まれてそれがコミニュケーションの基本と思うから、どういう形で
あっても指摘は真摯に受け止めたいと思う。インターネットに於いては、生で
お会いする機会もない方との接触もある。それだけに、人物像の想像が膨らんで
しまう。その想像が思い込みに繋がってしまう。
そういう怖さはあるけれど、できるだけ特に最初は好意的に受け止めたいと思う。
ただ一点だけ。
お願いするとするならば、継続的に私のブログで使用されるお名前をお決め願い
たいと思う。


じんわりと滲みてくる

河野裕子先生の訃報から少し時間が経ちました。
私がその事実を耳にしたのは、まさに「塔8月号」が届いた翌日でした。
気力で書かれた現況と、メッセージを私は繰り返し繰り返し読んで
滲み込んでいたものだから、その事実はなかなか受け入れられませんでした。

「からだが病んでいても歌は健やかな歌を作りたい」
河野先生のこの言葉を私は忘れることはないでしょう。
今の私に語りかけられている気がしてなりませんでした。
直接にお話をする機会はありませんでしたが、今年1月のNHK全国大会の
表彰式で、舞台におられる先生を遠くから拝見することができました。
和服がとてもお似合いで、その頃だってそのような場に立たれることは
お辛かったろうに、丁寧に丁寧に評をなさっていたお姿を今もはっきりと
憶えています。
歌を詠む、そして残すということの意味を私に教えてくださったような
気がします。
お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

けど、先生がどこにおられようと、先生の歌は生きていて人の心の中に
何かを生むような気がします。

振るえが止まらないほどずっしりときた歌の中から


たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか 

あの母をこれからのわたしは生きてゆく死に撫でられながら死にゆきし母

死にも死はあるのだらうかどつぷんと湯に浸りつつあると思えり

                               河野裕子

謹んでご冥福をお祈りいたします。






社会詠 時事詠詠みたいけれど・・・・・

山ほど思うこと、考えることがある最近の情勢だけど
それを詠むには生半可な知識で躊躇するものがあります。
だから時折短歌ではなく、雑記としてこのブログに書かせて
頂いているわけで、情けないの一言です。

O氏が代表戦に出馬するという表明をされました。
素人ながら違和感をいくつか抱きながら、それは次世代の息子達の
を案じるがゆえなんとか日本がもっと住み易い国にならない
ものかと日々思っている中で、絶望感を味あわせられたニュースで
もありました。

政治家としてはどうだかよくわかりませんが、国に何らかの自分の
仕事で貢献したいという率直な気持ちがあるというならば、何故
人を間に立てて、伝書鳩のようにその意向を伝えさせるような小心
な姿勢で臨むのでしょう?
自らが直接、伝えるべきではないのでしょうか?
狼のお面を被った小心者。
私にはそう見えてしょうがありません。
記者会見ではボソボソと何か恰も「〇〇さん一派が後押ししてくれるなら」
などという消極的な姿勢で、力無き声で言う。
何か、後ろめたいのですか?

自分の主義主張を伝える相手がはっきりしているのなら、人を介さず
直接申し出なさい。
それができない小心者に今の経済を牛耳るのは無理と個人的には思います。

だいたい自民党も笑っちゃいます。
あなた方のせいで、これほど経済が混乱しているのではないのですか。
その責任を感じている人がいるのなら、一年生の民主党に情報提供をしてく
たざいな。
私は、ドルが換えられなくて困っています!!
(政治家にとっては少額とはいえ(泣))




大学高等教育について(国会を観ていて思うこと)

連日の国会放送を観ています。

特に今日の国会答弁は興味深いものがありましたので
TVにかじりついて観ておりました。
まさに、私が日頃感じているところの大学教育への
助成金についてであったからです。

我が家にも、2人の息子がおります。
長男は大学を途中退学をし、それまで学んでいたことを
捨てて全く新たな道に進むべく勉強をし始めて2年。
次男は、高校時代からの夢を実現すべくための大学へ
進んで2年。
ええ、2人が私立に学びそのうちのひとりは遠く離れた地で
ひとり寮生活をしているのですが、そこに掛かる費用は月額
49万円ほどです。(仕送りも含めて)
これを捻出するのに、現在働ける環境になく苦労しているわけ
です。

一口に大学と言っても、悪い言い方をするとそこへ通っても
意味のない大学が山ほどあると思うのですが、子供の発達と
いうのには
個人差があって、小中学校時代から能力を発揮する子もいれば
大学生になって初めて目覚めて、研究に打ち込む子もいます。
大学という名のもとに、それを商売の一環として運営されている
大学もあって、その学校選びにには慎重になりました。
私が以前勤めていた会社の最寄り駅に、ある大学と名のつく学校
のようなものがありましたので、日々そこへ通う学生を目の
当たりにしていたのですが、ホームでウ〇コ座りしてガムを吐き
捨てる、大声で奇声を発するなど、まるで小学生?と思える学生
たち。
夏になると連日TVでCMをしているのですが「まじめ、なだけで
はない」などというCM。
こういった大学にまで助成金をと申しません。
けれど、偏差値はそれほど高くはない、けれど社会人となるための
マナーや心構え、もちろん意欲的に研究に取り組める環境作りに
力とお金を注ぐ学校もあるのです。
さっきも言ったとおり、子供の成長過程において途中長期入院を
強いられた子や、横道にそれた子、或るは希望の大学を落ちてしま
った子がいて、でも意欲はあるという子は沢山いるのです。
高校教育無償化がスタートしているけれど、子供手当てもスタート
されている
けれど、親はもっともっと先を見据えていて、目の前の小さなお
金を必要としていないと思います。
子が生まれたときから、その子の社会人となったときの姿を夢見て
親たちは育児に当たっているのだと思います。
それを考えると、大学教育は今や大半の子供が受けていて社会に出る
直前の最後のチャンスであるわけだから、私はそこに予算を投入され
るべきと思います。予算編成で、削減などもってのほかでしょう。

二男の通う大学の学費は国内でも高いということで有名ではあるけれ
ど、その教育の細やかさに於いては、非常に力が注がれていて宿泊
研修費用も学費内でやりくりされています。
研究教材費においても、惜しみなく投入されているわけで偏差値自体
は高くはないけれど各企業からは、優秀な学生を送り込んでくれる
ということで重宝さています。
ただ、普通のサラリーマンが月々49万円ものお金を教育費に掛ける
現状は苦しいもので、ウチなど1歳までしか乳幼児医療は受けられず、
もちろんこれまで正規に学費を納めてきてやりくりして来て、それまで
に掛かった費用の何倍もの学費を大学に苦労して捻出してきた世代に
とっては、一言言いたい。
中学校までは義務教育だから無償化も良いかもしれない。
けれど高等学校は義務教育の範囲を超えていて、それが大学教育とどう
違うのか。
商売という観点だけで運営されている大学も沢山あるから、ちゃんと
調査をして助成するべき大学かどうかを調査して見極めた上で、しっか
りサポートするようなお金の使い方をして欲しい。
教育費が一番大学に掛かっている現状と、その大学教育こそが最終的
に子に於いて大事な教育であるということを理解して欲しいと思います。
そうすれば、日本の企業ももう少し変わるのではないかと思います。

長い間企業に勤めてきたけれど、20年前の新卒者と今の新卒者との差は
歴然としていて、電話の一本も満足に取れない新人社員の教育費も莫大に
掛かるわけで社会で活躍する人材育成をする場が今は大学となっている
以上、そこに予算を投入すべきではないかと思うのです。
このことについて、少し書かせていただくと、私が勤めていた会社には
毎年有名大学を卒業して入社してくる人たちが沢山いました。
入社して数年してから、「配属された場所が本意でなくて面白くない」
と言い、「自分の力を発揮できる場所でないと」と言い、平気で無断
欠勤をしたり遅刻したらする人もいます。
小学校の頃から、タイムもはからずに全員でリレーに出るなどと言い、
「みんな凄い!」などと適正な評価を受けなかった教育に問題があると
私は思っています。
学力はさほどないけれど、走らせれば誰よりも速い。そういう子が
必ずいた私の時代からすれば、その子たちが火の目を浴びることなく
学力も運動能力も平均を言われて行き場をなくして、能力に気づかない
まま、社会に送り出される昨今。
それならまだしも、自分の社会での位置も冷静に見られず、勘違い
して、優れていると思い込んだまま社会で出て挫折する人はもっと
辛く、さっきも言った「不本意な職場で嫌気がさした」などと言う
人が増えるのだと思います。
ぇぇ、そこが嫌であれば努力をして望む場所へ行けば良いと思うので
すが、何か勘違いしているものだからそれをしないのです。
学校に入るということだけに力が注がれていて、入学してからの
厳しさを知らない人たちは、企業に入っても同じなのだと思います。
学校では、入学はできても簡単に卒業できないようなシステムを作る
べきと思います。
無限大の能力を本人が知り、それを引き出すサポートの場であって欲しい
と思います。
そのラストチャンスとして、大学生活があるとしたらば、バイトなどして
いる暇などもなく勉強に打ち込むべきではないかと思います。
そして国には、それに協力していただきたい。そう願うわけです。


恥ずかしながら、今の大学生の精神年齢は一生懸命育ててきた吾子であっ
ても20年前の中学生レベルと思います。
そのレベルが社会に出しても恥かしくないレベルに達するまでは、学生で
あり続けるほうが良いと思って、世には出していないけれどそこには
お金が必要ということ。そして、そのレベルが落ちたのも運動会で競わせ
ない全員リレーなどということをやってきた小学校教育のあり方にも、
携帯電話の
普及によって、電話の取り方ひとつも満足にできなくなった社会にも
問題はあると思うのです。親が必死になっても、この社会が子供達を
ダメにしていることだってあるわけなんです。
どうか、政治家は20年前の尺度で見るのではなくて今現在の学生のレヘルの
低下をしっかりと受け止めて、大学生にラストチャンスを与えてくださる
ような政策を是非お願いしたいと思う。

テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

検査&ランチ^^

昨日は一ヶ月ぶりの検査と診察でした。
学生時代の友人も、人間ドッグでひっかかり再検査
をするというので、私の予約日に合わせてもらって
仲良く病院で待ち合わせ^^

どうせお昼過ぎまでかかるだろうからと帰りにランチを
一緒に食べようという約束になっていたので、私は
3日も前からウキウキしていた^^
なんせ、この数ヶ月自宅に篭りっきりだったし夜まで
ひとりで人との会話も乏しく、いくら出不精の私でも
風景の変わらない日々に飽き飽きしていたから(泣)

この1ヶ月の間に、気管支炎やら膀胱炎やらを繰り返して
はいたものの、気持ちは元気!と医師に言ったら
笑われた^^
「それだったらば、プレドニンをもう5mg減らして
みるかっ!」と。(待ってましたその言葉!)
今日から15mgで1ヶ月様子見です。
(再燃しませんように・・・・・・)

ぁっ!体重はキープ中。だけど、食欲があり過ぎるので
欲望との葛藤がちょっと苦しくなってきました(汗)
けれど、低カロリーレシピがかなり増えたので、そのうち
レシピ本でも出したいなっ!なんてことを考えたりして
それはそれでちょっと楽しい。

さて、ランチは何にしようか?
ここのところずっと控えてきた洋食系が脳裏に浮かぶ。
ハンバーグ・・・・・食べたい。いやぁ、パスタも捨てがたい。
ダメダメ・・・・カロリーが高すぎる(泣)
などなど考えつつ、ええい!今日一日くらい良いではないか!
ということで、久しぶりに「グラナダ・パンチェッタ」へ。
このお店の明太子のバケットが美味しい。
それから大好物のリゾット♪
もちろん、昼間っから生ビール♪(ここのお店はブレミアム
モルツなので尚嬉しいのだっ)
美味しい物を食べながら、1年分の会話をした。
主婦ふたりのどこにでもある会話だけど、それが凄く新鮮に
感じられた。

もう少しだけ言わせて(今の日本嫌い(泣))

まぁ、私が今ここで言ったところで何の意味もないのかも
しけないけれど、どうしても言いたい。

もういい加減税金の無駄遣いとか、VIP待遇だとか他人事
だから言えることを公然とどのチャンネルもが言うのは
やめて欲しいと思う。
33年間、子を連れ去られたまま消息もわからないという
状況の中で気丈にも、年老いても尚且つ少しの望みを
もって活動されている方々が、他の人にしてみたらば、
大した進展のないことかも知れない今回の元工作員の来日は
韓国で会おうと、日本で会おうと関係なくて支えになった
のならば、それでOKじゃないですか。

その裏に政治的パフォーマンスがあったとしても、被害者
自身が、ご批判されていないのであればそれでいいじゃない
ですか。
VIP待遇と言われているけれど、この日本で暗殺でもされたら
それこそ生き証人が消えてしまうわけで、道路を全部青信号
にしたりヘリを使ったりは、警護という意味でも必要であった
ろうし、韓国との話あいの元でなされたことだと推測される
ことで、仕方のないことと私は思うし、何よりも、拉致被害者
の方々の観ているTVで無駄なことだといい続けることが、
どれほど心痛められることか。考えられないのだろうか。

韓国へ行けばいいことじゃないか。それもそうかも知れない
けれど、年老いたしかも被害者の方がなんで、体調をおして
出向いて、話を聞きに行かなくちゃいけないのか。
話をしにこい!じゃないの?
顔を自ら見せに来い!!じゃないの?ではないでしょうか。

ついこの間まで、政権を取っていた党は、自分たちは何
をしたの?
何もできなかったのに、というか、批判だけしなくちゃ損みたいに
して、自国をわさぞわざ潰したいのですか。

そもそも、大韓航空機爆破事件は、拉致問題と全く無関係では
ないかもしけないけれど、別々に考えるべきで、日本は日本で
被害に遇われた拉致被害者のことを第一に考えるべきと思うわけ
なのだけど、その後の連日の報道は、被害者の気持ちは察しら
れているのか。我が子が拉致されて、同じ報道ができるのか。
年老いたご両親を見ていていて痛々しい。
事件を風化させないためにというなら、その事件を知らない若者に
事件のこと、この33年ほどの被害者の歩みをもっと報道する
べきではないか。
1987年に私の長男は生まれました。
事件のことは全く知らないわけではないけれど、詳しくは知らない。
今回のことで、もう一度その頃のことを私は息子に話たけれど、
被害者家族の苦悩の詳細までは語れない。
私はそこを知りたいのです。

連日の心無い報道に、最近薬のせいか(汗)?腹立たしくて、暴走
気味です(泣)
スミマセン。

どちらも被害者

大韓航空機爆破事件の犯人が北朝鮮拉致事件
被害者の家族に直接日本で会うという試みが実現
されている軽井沢。連日、賛否両論ワイドショー
を賑わしているけれど。。。。。。

日本が、国民の税金を使ってたった数十人の
ことかも知れないことにことを実現させたこと
について私は評価したいと思う。

例え、今現在の安否が知れなくても、知りたい
ことは親として山ほどあるに違いない。
20数年前の情報であったとしても、何かある日
突然連れ去られて姿を消してしまった子供の
行動、言葉ひとつを知れるだけでどれほどの
今まで知りえなかったことへの疑問が解消される
か。
そこに税金を投入されることに私は何の疑問も
持たない。
中学一年生と言えばたった12・3歳。
それより2歳年上の金さんは14・5歳。
これから社会に独り立ちして出るべく人達が国の
目論みによって人生を左右されていて、確かに
大きな事件を引き起こした犯罪者ではあるけれど、
その責任を問うのは無理だろうと思う。

それから、政治的パフォーマンスなどと言われている
けれど私はそうは思わない。
何故なら、私の子供がそのような目に遇っていたときの
ことを思うから。
有り得なくは決してないことと思うべきであると思うから。
そのことに日本の税金が投入されて何が悪いのか。

最近のワイドショーはホントに面白くない。
毎日毎日、政治批判ばかり。もっと報道しなくちゃいけない
ことはあるだろうと思う。
だいたい、コラムニストとかジャーナリストなどという人が
毎日TV出演して、憶測でいろいろと語りすぎると思う。
正しい情報を正しく伝えるだけに留めていただきたいと思う。

子供達が夏休みの間は特にそう思う。
情報からそれぞれがそれぞれに考えることが大切ではないかと
思うから。
今回の件にしても、評価するしないは国民がそれぞれに考える
ことで、刷り込まれることではないと思う。
なんか、最近のワイドショーを観ていたら「洗脳」に近い
ものを感じる。
観なきゃいいのよね。観なきゃ^^
でもね。外出もままらなぬ私にとってTVは、私の昼食の
お伴なのです。
なのにどのチャンネルも批判ばかりで悲しい。
今回のことは、何の非もなくある日突然子を失った人達の
ことを思うとその方々が望んでいらっしゃることに尽くす
のが国たとしたら、それは遂行されるべきだろうと思う。

自分さえ被害がなければそれでいい。
そういう考えがまだこの国のどこかに蔓延っているとした
ら、私許せない気持ちで一杯です。

久々の・・・・・

ケーキ作りをしようと、食材を買いに行ってきました。(こんなこと
でも気合がいるのです(汗))

息子のお友達が今夜来ると言うので、(風邪っぴきの人はお断りなんだ
けど(泣))久しぶりにケーキを焼こうかと^^
朝から曇り勝ちで、雨が降り出す前に!と思って朝早めに家を出たのに
帰りは雨・・・・・・・
ああーん、酸性雨はお断りです。
なんでって、髪の毛が減りそうだから。

そうそう、今使っているシャンプー、とってもいいです。
ノンシリコンのRose of Heaven
この香りが好き♪
このローズの香りが、雨に濡れた髪からふわっと漂ってきて、ほんの少し
だけ和ませてくれた。


シャンプーのローズの匂い雨粒に乗って落ちてく吾の足跡


久しぶりの気がした教室

午前中、月に一度の短歌教室へ行きました。

久しぶりのお出かけで雨の中、疲れてしまうことが心配
だったけれど行って良かった!
気合入った!^^

梅田から徒歩でたった7分ほどの距離をタクシーに乗って、
運転手さんに申し訳ないと思いつつ、この一月の間に出詠
された歌を歌だけでなく、作者に直接触れながら鑑賞できる
というのは良いものだぁと改めて思う。
師匠の生歌も聴けたし♪

たったひとつの難点は、今日はショルダーバッグを持ったの
だけど、肩に悪いものが溜まっている感じで腫れていて、
バッグをかけることでさえ痛かったこと(トホホ)

またお出ましか?

でもそれ以上に収穫はたくさんあった。
人見知りの激しい私も、通い始めて半年でやっと素になれたこと。
いい歌に出逢えたこと。
だから生歌会にも、積極的に参加したいと思えたこと。etc・・・・・

元気なときは元気にっ!^^ です。


ヤッター!

不眠は悪いことばかりではありません!

ぇぇ、夕べというか今朝というか、しっかりリアルタイムで観ました!

そして泣いた。

勇気と感動をありがとう。サムライジャパンっ。

前園さんそっくりのわが息子は、ヘロヘロのまま学校へ行きました。
夫は、私のキーキー声に何度も起こされたと不機嫌な顔で会社へ行きました。
私は、皆を送り出して気持ちよく3時間ほど熟睡しました!

今回の日本代表には苦労人が多いと聞きます。
無名であったがテスト生からのし上がった選手や、代表に選ばれながら
一度もピッチに上がることなく、前回大会を終えた選手。
その底力を見せていただきました。
辛気臭い日本にまさに「元気」を与えてくれました。

それにしても、デンマークの人は紳士。

いいものをみせてくれてありがとぉ~~~



何故歌う

何故私は歌うのだろう。

母は、詩吟に小原流お花、スイミングにボランティアと、その趣味は
多彩だけどそれは「生きているという実感が欲しいの」と言う。
そして、「何か生きた証が欲しいの」と言う。
起用で努力家だから、着実にそれなりの評価は得られて母はここまで来た。

私はというと、4歳の頃からピアノを弾いてきた。
その他に中学受験にも挑戦するために塾通いもしたけれど、スイミングも
したけれど結婚するまで残ったのはピアノだけだった。

でもその最後まで残ったピアノで、大した評価を受けることなく結婚して
すぐに子供が生まれてこの年に至る。

この年になって、「いったい、人からの評価って何?」とよく考えるよう
になった。私は子供の頃から、人に好かれたいという願望に薄く、
「凄いねー」という言葉には過剰なくらい反抗してきたと思う。それなり
に友達は居るけれど、私の友達は皆、私に厳しい^^

そういう友達をわざわざ選んできた気がする。
こちら関西では、久しぶりに友達たちが集まって呑みに行くと、それぞれの
確固たる価値観を爆裂させる。

関西ならではのことかも知れないけど、私はそういう時間が大好き。
歯に衣をきせず、呑んだ勢いで言いたいことを言い合う。
「あんた、それは違うでー!」とはっきり指摘しあう。
私は、そういう環境が好きで、この街から離れられないでいるのだと思う。
ある意味、世間知らずと思う。
一歩もこの市から出て暮らしたことがないのだから(汗)
でも、この町が好き。
なんでかって、仕事で、或いは結婚して町を出て行った友達たちもこの町
に帰れば皆、地元民に戻れる場所であるから、私はそれを誇り思っている
から。

短歌は、自分を曝け出す。
いや、短歌でなくても私は結構曝け出しているけど^^
それが恥ずかしいと思うことも、何か売りにしているんじゃないか
と思われるかもと思うこともある。

しかも短歌は、その作者の人格も否定され兼ねないと思う。

けど、今の私にはお構いなしだ。
短歌の上手い作り方。なんてことはお構いなしだ。
実際はそれではいけないのだろうけど、今はそれでいいと思っている。
それはひとつの過程として、それを乗り越えたときに何かが見えてくる
のだろうと私は勝手に思っている。

最近、歌の好みがはっきりしてきた。
先日、所属する短歌会の数少ないお友達からも言われたけれど、
「明日香ちゃんは好き嫌いがはっきりしてるのね」って。
一応何でも読むけど、「あかんっ!」と思った歌は、一読で捨てる。
でも、私の歌だってきっとそう思われている。
広くいろいろなところで私の歌を読んで貰えたら、それほど嬉しいことは
ないけれど、でも、たったひとりでいいと思う。
今の私はそれが一番嬉しいと思う。

こうして、毎日幾人かの人が拙ブログをクリックして読んでくださる。
そのために更新し続ける。
それでいいのだと思う。

ありがとう。

そして、今から、吉川宏志師匠の「西行の肺」(いまごろかいっ!)
集中して読みます!! 一旦 good night


歌を読むとき

思うんです。
間違っているか、正しいか、今の私にはわからないけれど

作者がいて、読者がいて、その間に歌があるのではなく
作者と歌は一体で、だからこそ読者はより作者の中に入り
込んで読まなきゃいけないと。

一読して、ついつい「わかる!その感じ!」って共感してしまう
歌は沢山あって、そういうときってつい、自分に引き入れて
自分の世界観で読んでしまう。
それは、一読した瞬間の感動に感情的になってしまっていて、
そこに満足してしまっていて、一つ一つの選ばれた言葉を無視して
読んでしまっていることが多く、そういう楽しみもあるのかも知れ
ないけれど、私はそれを極力避けようと思います。

ひとつひとつの言葉は、意味あって選ばれて31文字に収められている
ということを忘れてしまってはいけないと思います。
深く作者に入り込んでいくと、この言葉しかない!と考えられて送り
込まれた言葉であろう言葉が、冷静に読者によって裁かれてその読者も、
これしかない!と思えたときに始めて感動が生まれるのだと思う。
そういう深い感動を味わいたいと思う。
結局、一首を読むのに凄く時間がかかるものでだから、数分や数時間で
読むことは私にはできないのだけど、それほど拘って読んでみたいと
思う歌は、やはり一読したときの感覚が大事にもなってくるのだろうと
思う。
むつかしいなぁ~~~~

駆け引き

そろそろ再発して2ヶ月になります。
先週末より新たなリンパ節の腫脹と引き続く高熱のお陰で
最終手段のステロイド剤に頼ることになりました。
今までステロイドを躊躇していたのは、菊池病の再発の
引き金になった微生物に対して、運の悪いことに効く薬が
ないということ。そこへステロイド剤を飲むことによって
更に引き金となった肺炎が悪化してしまう結果となりかね
ないというわけがあったからです。
肺炎が悪化してしまうようなことになってしまえば、それに
対して有効な薬がないから・・・・・・・
しかし結局、ステロイドに頼るしかないということを、これまで
様子を見続けていた医師も、私自身もその考えを一致させた上で
今日決めてきました!

ぁぁ、暫くの間体調が良くても出歩く事は極力避けなければ
ならないとか、自分の体調の変化には当然のことながら細心の
注意を払うとか、いろいろと気をつけなければならない点も
あるけれど、ぇぇ、それ以上に治す手立てがない病気になんで
私が!というイラダチからくる精神的ストレスもあるけれど、
へしゃげるわけにはいかないと思う。
それから、今現在今日生きてる。そんでもってブログの更新まで
できてる!そのことに喜びを感じたいと思う。

さぁ、どっからでもかかってきなさーいっ!!

いろいろとご心配をしてくださっている方々へ、報告を兼ねて
突然食べたくなったお蕎麦を啜りながらの決意表明^^

大好きな方から

照る月に蕎麦の花いよよ白き畑誰か顔出せ死者にてもよし

墓石と竹薮照らししづかなり月を離れし月の光は

              「月の夜声」より 伊藤一彦(敬称略)

短歌は歌。伊藤一彦さんの短歌はまさに「歌」と思います。
私の大好きな歌人のひとりです。
「誰か顔出せ死者にてもよし」とは、なんとも切ない下句だけど
上句の月に照らされた白い蕎麦の花畑の絵が一首全体を暖かくしていて
とても好きな歌です。

そんな伊藤一彦さんには足もとにも及びませんでしたが、私も「月」を
詠んで第16回与謝野晶子短歌文学賞に応募させていただいておりました。



伊藤一彦氏選 第16回与謝野晶子短歌文学賞 入選

満月を連れ帰り来て差し向かい眠りつくまで「あなた」と呼べり


ちょっと思い入れ深い歌でしたので、足を止めていただけたことを
大変嬉しく思います。
ありがとうございました。






テーマ : 自作短歌
ジャンル : 小説・文学

言葉の怖さ

連日、総理の発言にバッシングが浴びせられているけれど
いやぁ、その比ではないかもしれないが「発信する言葉」の
怖さを私も思う。

少しのニュアンスで大きな誤解が生じる言葉。
もう日本国中、言葉恐怖症に陥っていると言っても過言ではないと
この頃思う。

特に責任ある立場の人の発言が消極的になり過ぎていることの
異常さを感じています。
例えば、連日の病院通いに思うこと。

私は、受付で問診表に症状を詳しく書いた。
症状だでなく熱型表をつけたのでそれも提示した。
そんでもって、近くの開業医で診断されたのは「胸膜炎」であることも
書いた。
その上で、看護士が待合に居る私の傍にきてこう聞く。
「呼吸器外来の先生で宜しいですか?それとも別の外来が宜しい
ですか?」と。
それで「呼吸器外来で!」と決めるのは患者となる。
そして医師は「採血とレントゲンの検査をした方が宜しいかと思うの
ですが、してもいいですか?」と聞く。
「ぇぇ、お願いします」と私は応える。
その後、レントゲン写真をみて医師の診断があったのち「薬は1週間分で
宜しいですか?」とな。

私がわかるなら医者はいらん!!
とにかく治してくれ!
と思いつつも、患者である私が病院にクレームをつける患者がいることを
察して「一応1週間で様子みてみます」と応える。
この病院には限らないことだ。
「発言に対する責任」があまりに問われすぎて、責任を取る(?)人達は
とても臆病になっている。

ちなみに医師は、前回処方した「クラリス」という弱い抗生剤を変えて
「ジェニナック」をPCに入力しようとしたので、「ここの病院に来る前に
開業医にジェニナックを処方されたけれど効かなかったです」と伝えた。
というか、このことは初診外来で報告済みでカルテにも記載されてある。
「あーそーでしたか・・・・なんでかなぁ・・・・」とつぶやきながら
医師は、「ではこれで!」と別の薬を入力した。
多少なりとも、子供の頃から体の弱い私はそういう知識を持ち合わせていた
ので、こういう会話が成立したわけだけど、患者は全く知識がなくて当たり
前と思う。

ぁぁ、薬が効いている間にこんな講釈をタレているから治らないのね(汗)
しかし、政治に於いても消極的になっている昨今。
これでいいの?などと一国民は案じていることを責任を持って^^書きたい
と思う(滝汗)

PS:タイトルと記事の内容がどうも合っていない気が・・・・・(まぁ、ここはお愛嬌で^^)
それにしても、言い過ぎも濁しすぎも良い信頼関係は築けなさそうデスネ。というオチにしておきます^^

ここは病院の呼吸器外来ですぅ^^

実は私、4月の始め頃からずっと熱が下がらず、病院で検査してもらった
ところ、肺炎と診断されたのだけど、自宅療養でなんとかいけるんでは
ないかということで、真面目に薬を飲んでいました。
それで、2週間薬を飲み続けて、しっかり熱も下がったので「ヤッター」と
喜んでいたのです。

が、しかし喜びもつかの間連休のど真ん中にぶり返しが来てしまったようで
今日この日を待ちに待って、某病院の呼吸器外来へ行ってきました。
流石に連休明けということで、大勢の人がいらしており、特に内科外来の
受付のお嬢様方はスマイルもお忘れになっててんてこ舞いのご様子。
受付を済ませ、いつもの呼吸器外来へ。
みな一様にマスクをしていて私もそのうちのひとりとして、つぶらな目だけを
出してキョロキョロ。人間ウォッチングをしながら待つことに。

この病院では、天井のあたりからうすーくうすーく映画音楽が流れているので
それもちょっぴり嬉しいです。
と?そこへベビーカーを押して随分若い元気のいいお嬢さんお二人が登場!
母親らしきお嬢さんはどうやら19歳らしく(なんで知ってるねん?^^)もうひとりは
そのお友達らしい。
乳児虐待が横行している昨今には珍しく、赤ちゃんをえらく可愛がる今時の
若いママにしてはなかなか感心。ではありますが、なにせ声が大きい(泣)
マスクのしたに口を隠して、息苦しそうに皆さん(ぇぇ私も)搾り出すような咳を
なさっているこの呼吸器外来で、大はしゃぎをする19歳の母。
一応私、目だけをギョロッと動かして合図めいたものを投げかけたのですが、
全くお気付きにならないご様子。
そうこうしていると・・・・・・

なにやらママとママの友達が慌しく廊下を往復し出した(汗)
どうやら、待合廊下の端っこに立っているイケメン風男性がお目当てらしい・・・・
ママの方ではなく、ママのお友達が一目惚れした!
という内容を、そのよく通るお声でママがイケメン風男性に告げている。
それで要するにメアドをGetしたいということのようで、その旨も観客を目の前にして
堂々と告白!
男性はというと、年齢は28歳(結構な年ヤン・・・)背が高くて180センチくらいはあるだろうか。
横顔が遠くに見える程度なので、詳細はわからないがヘアースタイルはまずまずだ。
で、どうなるの??と思う間もなく、サッと携帯電話を出してきた男性と赤外線ナンチャラで
Get!!!!!

さて、ここからが面白い。
私の隣に座っていた年のころなら60代半ばのなかなかダンディーなおじさんと、その付き添いの
お嬢さんがそわそわし出した。
「ワシの娘の方がよっぽど綺麗ぞ!」と言わんばかりにせり出して、28歳男性を見ている。
その直後、スクッと立って病気を押しておじさんは、その男性に近づいて観察しに行っちゃいました。
そして何食わぬ顔で、娘のもとに戻り「うーん、なかなかええ男やったぞ! しかし、あの女の子じゃなー」
なんてドキドキするようなことを言い出した。
19歳おねーちゃんが勝つか、20代後半の親思いのおねーさんが勝つか!!

ところで、いったい19歳ママはどこがどう具合が悪いのだろう・・・・・・
と思っていたら、診察室に呼び出されて入って行った。
スキップで行ってスキップで戻る。
「ただの風邪やったわ!!! わははー」と
「センセーに美味しい物を食べてゆっくり寝ていなさいって言われたー。
そういえばまともなもん食べさせてもらってへんわ うへへー^^」
とまぁ最後まで楽しませてくれました。
2時間があっという間♪
その後自宅に帰り横になりつつ、ママのお友達の一目惚れのゆくえが気になって気になって、

というか、お願いだから早く治って~~~~(泣)
なんだか最近熱に慣れてきたような気もします・・・・・・




ひとりごと

朝起きてなんでそんなことを思っているのか
私にもわからない^^
突然こんなことを思った。

「私」の対義語である「あなた」や「君」は短歌にはよく
使われるし、私はよく使うほうだと思う。
しかし、ふと今朝こんなことに気づいた。
「あの人」が出てくる歌には抵抗感があること(汗)
私だけかも知れないけれど、「あなた」や「君」「お前」は
ある意味その人物を特定しないでも読めるけど、「あの人」は
作者にとっての「あの人」と限定されてしまっていて
作者と読者との間に隔たりのようなものができてしまう気がする。
「あの人の・・・・・・」なんかではじめられてしまうと「あー
そーですか」って、私の中のヒネクレ虫が騒ぎ出す・・・・
って思うのは私だけでしょうか・・・・・・・

「あの人」は私は使ったことはないけれど、やっぱり今後も
使わないでおこうと思う(ごめんなさい。ひとりごとで(汗))

もう少しお付き合いくだされるなら^^ ヨロシク。

「さまよいの果て波は寄せる 」 by 松任谷由実




泣いてかけてゆけばそこにきらめく海原       
けれど受け入れはしなかった私の弱さを
沖をすべってゆく船と足もとで遊ぶ犬と
風を切る鳥たちだけ自由だった

夢中になれる何かが明日へいざない
いつしか遠く旅したとあなたに告げる

いつも悩みをたずさえて潮騒をきいた
けれど答えは得られぬまま朝焼けは終わる
銀の雲間から差し込む光りいくすじも見とれ
冬の日の冷たさを忘れてた

消えてゆかないくやしさが私を導き
気づけばここへ来ていたと笑っていえる

言葉にない愛の透き通る手紙を
海はよせてくれる波にのせて

ああ失うものはもうなんにもなくて
心静かな私がはじめて見える

夢中になれる何かがどこまでも導き
いつしか遠く旅したとこの海に立ち告げよう


久しぶりに今日は気分が良いのです♪

松任谷由実さん。荒井由実の頃から私は好きなんです。
曲の素晴らしさはもちろんのこと、それ以上に詩人であるところ。
「春よ来い」の詩は有名だけど、更にそれ以前の歌で
「消灯飛行」の詩はもっと好き♪

というわけで、久しぶりに動画をup!



もうひとつ。「きみなき世界」是非聴いてくださいっ


なんだか嬉しい^^

今日、というか昨日、友人のこれまで詠まれた歌の中から
20首ほど独断と偏見で選んで、連作にしてみたら、これがまた
素晴らしい連作となってしまったのが、嬉しい^^
改めて、その才能に惚れ惚れしてしまった!
しかし・・・・
勝手にコレクションしたりして、私はストーカーの気があるかも(汗)
いやぁ、ここに披露したいけど、フフッ私だけのものです♪(イマノトコロ)

テーマ : 短歌
ジャンル : 小説・文学

一段落!

夫は28日の夜の便で帰国。
帰国して早々、翌日の二男の引越しの手伝いをお願いして
(鬼嫁?^^)31日は一日のんびりと過ごしていただいて
今日より、出社いたしました^^
二男坊は心機一転。新学期の準備をしている(と思いたい^^)
長男も長男で、短い春休みを満喫中^^
で、私は?
私は、日々「美味しいもの作り」に勤しんでおります。

子供の頃からの父の口癖は、「美味しい手料理を沢山食べさせて
あげなさい。」で、その家庭円満の秘訣(?)の教えを守るべく
今夜のおかずは、豚肉と茄子とピーマンの辛みそ炒め、ささ身の
フリッターを(酢と醤油1:1とラー油で作った、まぁ普通に餃子の
タレ^^)でいただくという思いつき料理、サラダ、お豆腐と薄揚げ
のお味噌汁を用意。
「美味いっ」と言ってくれるのはありがたいけど、帰国してから
夫の食べすぎ飲みすぎがかなり気になっております(汗)

って、そんな日々を過ごしている間、短歌をゆっくり詠む余裕がなく
今週の土曜は教室です。
慌てて、二首出詠したけどドキドキ・・・・・・

やっと春????

嬉しいお知らせは嬉しいのです。

一日中、冷たい雨が降って、家の中に篭っていただけの
グータラママがやっと重い腰を上げて、夕刊を取りにポスト
まで出かけたわけですが、夕刊の上にひょろんと一枚の葉書が
乗っており、それには嬉しいお知らせが書いてあり、あまりに
嬉しかったので、そのままプレミアムモルツを数本購入して、
二男坊と何故か甥っ子と三人でパーティータイムへと突入い
たしました。

内容は・・・・・・・
書きたくてウズウズしておりますが、2ヶ月ほどお預けです(泣)

(本日の一首)

特別なおみくじなれば特別な木に結びおり。桜咲いたよ

最近思うことなど

西野は時折、言わなくて良いことを書いてしまいます(汗)
全世界に発信するというよりも、自分の記録として残すためです。
(ん?本当はちょっぴり聞いて欲しかったりもしますが)

「なんで短歌を詠んでいるのだろう?」と時々思うことがあります。
私の短歌の始まりは、ある投稿先になんとなく投稿した歌に
とある先生が、ご批評を下さったことがきっかけでした。
「そんなことは考えなくてもよろしい」ときっぱり言われた短歌。
そのコメントに、私はえらく感謝したのでした。
人生の大先輩が、どこのだれべぇかもわからない私の戯言を読んで
くださって、一喝してくださったことが嬉しかったのです。
その日以来、私は短歌(らしきもの)を夢中で詠むようになりました。
それから間もなく結社に入会しました。
短歌を勉強したいとか、凄い歌を詠みたいとかそういうことではなく
良い歌を詠まれる方が沢山集まっている結社誌を読んで読んで
他の方はどのような生き方をされているのか、日々の生活で何を
感じておられるのかを多く知りたいと思ったこと。
人の喜びや悲しみ、痛みに触れてみたいと思ったこと。
要するに「読む」ために入会したのです。

あれから2年が経ちました。
日々、短歌(らしきもの)を私自身も詠んでいるのはきっと、残り
半分(きったか・・・・)の人生の中での日々のちょっとしたことを
心に留めるだけでなく、表現して残しつつキメ細やかな一日一日を
過ごしたいということなのだろうと思います。
読んでくださった方は、「アホなことに拘ってんなぁ」でも、それこそ
「そんなこと考えんでもよろしいのに」でもと何か思ってくだされば
私の歌は生かされたのだと思います。
簡単に言えば「心と心の交換日記」のような感じ。
イイ年をして、まだまだ甘えん坊で半人前の私が短歌を詠みながら
少しずつでも一人前に成長したいと思うのです。

例えば10年後、「ほんとオバカだったのねー」なんて自作の短歌を
読み返して笑えたら、今やっていることは意味があったのだと思うのです。

そんな私ですから、読んでくださった方の鋭いご批評をすごく喜びます。
心情に触れて一喝でも宜しいですし、文法の間違いも(よくあるのでは?^^)
伝わり難い表現のことも、ドシドシお寄せいただけたら大喜びいたします。
特に古典の授業は不真面目でしたので、恥ずかしながら間違いも多々あろう
かと思います。
見つけ次第、ご一報くだされば幸いです。
というか、古典が苦手なくせに何故使うの?なんて思われることでしょう。
が、伝えたい内容によって古典的表現をした方が美しかったり、現代的に
表現したほうが美しいかったり、旧かな、新かなについてもそうですが
そのときどきに使い分けできるようになりたいと思っています。
ゆえに、たまたま、お目に触れて「なんじゃそれ?」とお思いになられたら
どうぞご指摘くださいますよう、宜しくお願い致します。

なんてね。
例によって、呟いてみた次第です。




とりあえず・・・・・

忙しい忙しいと言うのはあまり好きではないのですが

忙しいです!!^^

だいたい、「忙しい」と口にするということは、自分の能力の無さを
曝け出すようなもので、チョット自分が許せなくなるのですが
頭だけが何故か忙しいと申しておきませう。
頭の中で一度に沢山のことを捌く能力は、確かに無い。
しかし、何が何でも捌かねばなりません! ぇぇ。

今日は早朝から、毎度慣れっこになった北陸本線日帰りコースの旅に
出たわけですが、滋賀あたりで銀世界が見られて少し喜びました。
雪に包まれた杉木立も田んぼも、眩しくて眩しくてうとうと寝ている
場合ではありませんでした。

「白」と言えば、私はすぐ「正義」なんていう言葉が出てくるのですが
それを思うと急に最近の若者を思ってしまい、理屈っぽくなってしまいます。
一昔前の「正義を貫く姿勢」みたいなものが少し薄れていて、貫けぬ裏には
自信の無さのようなものが見え隠れするような、そんな若者を(皆とは申しません)
「弱い」と思っていたのですが、今日、改めて真っ白の世界の中に居て、
それは逆に「強い」のかも知れないと思ったりしました。

まぁなんと、具体性のない話題^^

自らを自らが認められればそれで良いのだ!的な。
大声で正義を唱えることのほうが、ある意味弱いのかも知れないなどと考え
ながら「白」に浸っておりました。

風景の色ひとつで、いろんなことを思うのだな。それを短歌にすりゃーいいのっ
てのはわかっております!!!


しかし、一首も詠めぬまま本日も終了です。

オヤスミナサイと言いたいところですが、まだもう少し起きていなければならなくて、
目が限界・・・・・(アウウウウウ)

オーーーーイっチューハイモッテコーーーイっ(誰が)


新年明けましておめでとうございます

旧年中は、大変お世話になりました。

不束者ですが本年もどうぞ宜しくお願い致します。

みなさまにとって素敵な一年でありますように

                             
                         2010年元旦


                            西野 明日香

今年も・・・・・大変・・・・

お世話になりましたっ!
って書くにはまだ早いし・・・・・

それにしてもなんでこんなに寒いのだろう?
大掃除が辛いです(泣)
しかも重曹の使いすぎで手はガサガサ・・・
いやぁ、歯磨き粉に入っている研磨剤の威力も結構な
ものだけども、重曹には敵わない!!
ササーッと撫でるだけで家中ピカピカです。
水周りはもちろん、照明器具も壁紙もどこにでも使える
のであります。



私もこうしちゃおられない^^

今日、11月30日は「題詠100首」の締切日でございます。
皆さんのラストスパートは勢いがありますね。
見ていてこちらもなんだか忙しく思えて、「こーしちゃおられないっ」
と思います。

どーしているの?という突っ込みが入る前に、言っておきますと
ここのところ、「短歌」、サボり気味でした(汗)
不調ということもあって、投稿意欲も以前よりなくブラブラして
おりました。
全く作歌していないわけではないのですが、思うように表現できず
これがスランプというものでしょうか(泣)
題詠100首を次々に完走される方のお歌を読んでいて、「これは
私もブラブラしていちゃいけない!」と思った次第です。
刺激を与えてくださって、ありがとうございます。

それで、最近詠んだ歌を少し並べて、ここから仕切りなおしです^^


十月の朝顔寂しオレンジのフェンスに青く夏のからまる

ハンバーグつくりすぎたという理由折箱に詰め列車に乗りぬ

吾だけが知っている君吾さえも知らない君と駅までをゆく

君を残し去る列車よりにび色の空と湖水が沁み込んでくる

車ごと呑み込みそうな雨の日の赤赤赤の点滅紅し

夏みかん分けようとしてちぎれない芯のかたさをきずなと思う

テーマ : 自作短歌
ジャンル : 小説・文学

喧嘩はヤメテ~~~

こんばんはぁ。

最近のニュースはどこのチャンネルでも「事業仕分け」は必ず取り上げられていますが、一国民として「このやり方でいいの?」とヤキモキしております。

議論というより、まるで喧嘩。
あの姿を子供達が目にして、どう思うでしょうか。
やり方はほかにもあると思います。
確かに無駄はあると思うけど、それは自分たち(民主党)のかかげる公約を守るため?

その道に精通したプロである官僚をもっとうまく利用しなくちゃと思うわけです。

権力を振りかざし、一方的に斬りおとしてしまうやり方が果たしていいのか。
というか、はっきり言って「子供手当て」と宇宙開発を天秤にかけて、私は明らかに宇宙開発に重きを置くべきと思うのですが・・・・
だって、宇宙開発に携わっている人々は、官僚や天下りだけではなく企業人は数え切れないほどそれに従事しているのですから。
国民が、仕事を追われて何が子ども手当て?
本当に子育てでお金がかかるのは大学生を抱える家庭ですのに!
高校なんて義務教育ではないのに何故タダ?
タダとなれば、留年したってへっちゃら。なんていう子供が増えること間違いなし。
少なくとも、厳しい経済の中、親が頑張って学費を払ってくれているという意識なしに、勉強意欲が持てる子がどれほど居るでしょうか?
また、「国民の税金で高校が成り立っているのだから、なんでもかんでも卒業させちゃえ」てことになりませんか?


正義の味方のつもりか知らないけれど、あの喧嘩腰の議論(?)あれほど見苦しいものはないと私は思います。
つるし上げて何になる??
私は、こんなやり方を期待して票を入れたのではないですわ。
かっこよくもなんともないっ!!


もうやめて~~~っ

もう、なんだか腹が立ちまくりの今日この頃。失礼しました。

お久しぶりです。

先週末に金沢へ行ってきました。

大阪から特急サンダーバードで約2時間半。
駅に着いても右も左もわからないので、タクシーで移動することに。
観光地ということもあってか、運転手さんは愛想が良く感心しました^^
最近では、タクシーの車内も禁煙が多くなっていて私にとっては
ちょっと、いやかなり厳しいお達しです(泣)

ダメとわかっていて乗車すれば必ず聞いてみる「き、禁煙ですよね?」
すると運転手さんは少し間をとって笑いつつ「タバコスエラーヨ」と仰った。

うん?「スエラーヨ???」(吸ってもいいよ?吸ったらダメよ?)手に煙草を持ったまま
一瞬考えて、関西風に考えると「吸ってもいいよ」と都合の良い解釈に
なにそうなお言葉^^
でもやっぱり聞いてみよっと思って思い切って「すみません、それは吸ってはダメ
ということですか?^^」と言ってみたら、やっぱりダメということだった^^
ガックリした私に「まぁいいよ」とにこっとしてくださったので、窓全開にして
1本失礼しました^^

行き先は息子の下宿先なんですが、到着するまでの間ずっと運転手さんの
煙草をかつてきっぱりやめたときのお話を延々聞きながら、二十分ほどで
到着。
ノックをして息子の部屋を開けてバッグをスルっと降ろした瞬間から大掃除の
始まり(汗)
だって座るところがないのだから^^
のこのこと帰宅してきた息子に文句を言う暇もガッツもなく、ただ只管黙々と
たった6畳の部屋を2時間半ほどかけて・・・・・・

もともと息子は割りと綺麗好きであったはずなのに、人というものは変わるもの
らしい。
「一旦崩れきった部屋を自分が片付けるのもウンザリしてそのまま・・・・」と
いう言訳を聞きながらひと晩過ごしました^^

まぁ、そんなこんなで甘い親かも知れませんが、男の子はほおっておくもの
じゃーないと痛感した次第です。


鱒寿司を土産にせよと言いし子の指さす指の遠くなりけり


カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
最新記事
メールフォーム
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
プロフィール

西野明日香

Author:西野明日香
ようこそいらっしゃいました!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。