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あげあしをとる

連日の衆院選挙の報道が酷い気がしている私です。

似たような志を持つ政党と政党でありながら、ひとつにまとまりきれないでいる日本維新の会と
みんなの党。
小選挙区でバッティングしている候補者を「もうジャンケンで決めてもいいくらいですよ」と
発言したことに対して、鬼の首を取ったように騒ぐ報道があったりすることにもうウンザリ。

そんな言葉よりももっと注目すべき国民をバカにした言葉が、政治家によって飛び交っているのに
そこには気づかないことの愚かさにはあきれる。

昨夜もそう。

たまたま観ていたBSの討論番組で、道州制の導入について民主党議員と道州制を訴える人の議論。
議論をしているうちに人間はつい本音、本質が明らかにされるものだなぁと改めて感じた。

民主党議員がふとした拍子に発した言葉「県にやらせるのは・・・・」というその一言が私の心に突き刺さった。

与党は社長で知事は部下。という意味だとすぐに思った。
何を勘違いしているんだ?
とそののちに怒りが込みあがった。

知事を部下という意味の発言は重大と思う。

知事の下(?)に居る私達国民は、どういう位置づけなんだろう?

どうして、メディアはそういう大失言を放置するのだろう?
私はそんな政党には絶対投票しない。

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歌にしなかった歌を読む

七月は、歌が詠めてないんです。

でも読むという作業を沢山しています。

タイトルにある通り、一連を読んでいて、つい最近気づいたことがあります。
世に向けて発表される一連を詠むときに、たとえば30首詠であれば、沢山の歌が用意されているのだと思います。
けれど、30首に収める歌は厳選され、何首も捨てられ発表されるのだと思います。
時に、そのことが痛いほどわかる一連に出会います。

言いたいこと、表現したいとはいっぱいあって、でも表に出しきれなかった歌の存在があって、そこにはないけれど、こんなこともあったのだろう。こんなことも伝えたかったのではないかと思いつつ、読み進めていく一連があります。
そういう一連は決して派手ではありません。
けれど、読後にはどうしてか作者が愛おしく、歌にない歌に感動するということを体験させていただくことができます。

何かを得た気がしました。

テーマ : 自作短歌
ジャンル : 小説・文学

あたりまえの日常

こんなことを言っていいのだろうか。
でも毎回思うことがある。

久しぶりに思うことをここに書くのだけど、

例えば歌会の10分ほどの時間に行われる選歌。
その10分には気づかずに、自宅に帰って何度も読み返して
はっと良い歌と気づく歌がある。
そういう歌には、一瞬で良いと思った歌以上の感動がある。

毎度、私の通う歌会には、ベテラン揃いのどの歌も上手い歌が集まる。
その中で何首か選歌するのに、インパクトのある歌、当たり前に日常生活に
ありながら、そのことが細かに描写されそして共感できる歌、そこに評を集める。

だけど、家に持ちかえって何度となく読み返しているうちに、自分の日常で
経験したことではないのだけど、それだけに未知の世界に寄せる自分の
おもい、と言う感覚が湧きあがってきて、ついには素晴らしいと感じることが
あることに気づいた。

通り一遍の当たり前にある光景を常識的に言う歌は、誰にもわかりやすく
共感するところではあるが、それは私にとって、それを目にしたときの一瞬の
感慨にしか過ぎないことに気づいた。
もちろん、そのことを否定するわけではないけれど、私自身、歌の中に日常
しかないのだけど、それとはかけ離れた世界あるいは世界観が詠われている
ことへ一歩踏みこむ読者の勇気というか、そういうものが私にも欠けている
ような気がする今日この頃である。
また、非常識的な歌が評価されにくいのは事実ではないだろうか。私は、そういう
ところと向き合い、歌を読んでゆきたいと思った。

これまでの自分の人生に「有る」」ことへの共感よりも「無い」ことへの
刺激が欲しい。と思った。

差し替えたいけどできないのだから慎重に・・・・・

日輪に溶けだす雲さえ愛おしい 輝くものは影をつくりぬ

          ↓

日輪に溶けだす雲に音もなく輝くものは影をつくりぬ




粉雪の舞い上がり舞う儚さの夕べを超ゆる足のしびれて

          ↓

粉雪の舞い上がりまた落ちてゆく夕べを超ゆる足のしびれて


と改作したのだけれど、もう既に出詠してしまったのよね・・・・・・(泣)


テーマ : 自作短歌
ジャンル : 小説・文学

お久しぶりデス(近詠)

水の中の長らく更新をしていませんでした。
もうなんかくじけそうになりながら毎月10首を詠むのに必死の
私でしたが、久しぶりに更新することにしました。
っていうのは、もーノートもぐちゃぐちゃになっていて、過去の
歌を振り返って読もうとしても、なにがなんだかわからなくなって
しまっていて、やっぱり整理は必要かと思いまして・・・・・・



雨あがりのひかる道なお光らせて入学試験へ自転車がゆく

鶏頭の花唇の厚み置かれたる仏間に入らぬむかしありにき

二、三羽が膝に乗り来ることもなく秋の光は楠を照らせり

夕暮れを閉ざしておればまず風が吾が背をなでて夫の帰りぬ

社員証ふせたる夫の幾面(いくおも)のこの夜は海をただようヨット

休暇のつづく同僚の職域に入るすなわち守秘も負うということ

うんうんと二度うなづいて「いいちこ」に氷を足せり水曜なれば

富有柿ひとつむく間になんとまあ眼鏡のままに眠りて君は

窓にすこし明かりを持てり閉じていた君が童心寝間に放てる

テーマ : 自作短歌
ジャンル : 小説・文学

連作への思い

2月に生まれて初めて短歌の連作30首に挑戦した。

物凄く重いテーマで、心の奥底にずっと閉じ込めてきたことを
思い切って綴ることにした。

多くの人に知れなくても良くて、ただ誰かに読んで貰いたくて
今の私の力でできることを精一杯やった(と思う)

一度は切手を貼って、ポストに投函して翌日郵便局に電話して
局で止めてもらって、残りの一か月で一から作歌し直して再度
投函した。
30首のうちのどうしても外せなかった5首だけを残して、残りの
25首を作りなおした。

締切ギリギリに投函して、「これで後戻りはできないんだなぁ」
なんて思い、それと同時に丸裸の自分を見られるようで、少しの
後悔もありつつ、達成感でいっぱいになった。
そんでもって、のちの三か月、一首もできぬまま放心状態で
過ごすことになったのだけど、塔の先生方に一読してもらえる。
ただそれだけで満足だった。

多分、半分くらいの歌は例によって「意味わからーーーん^^」的な
歌だったろうけど、誰かの目に触れると思えばなんかこう、ドキドキ
した。
そんな初心者の、つぶやきというか毒吐きに一票をいただけたことは
思いもよらなかったことで、その嬉しさを表に出せるまでに今日まで
かかった^^

連作は、やはり体力が要ると思う。
けれど、達成したのちの何とも言えない気持ちの良さは、言葉で言い表せ
ないものがあった。

このような企画を設けてくださった方々、多くの作品のひとつひとつを
読まれて選に当られた方々に御礼申し上げます。
来年もがんばります!^^(多分)

って、本当はその30首の中の外せなかった5首。そこに伝えたいことは
集約されていたのですが。



細胞のビンと立つときあるそれは母乳干されし日よりままある

暴力を詫びに来し少年その父の暴力により戒められて

夕ざりはひとりによかり「いじめ苦に」そのとんちんかんに壁打つのみの

月に足投げ出して子が寝ておりて殴られし傷も共に寝ており





すみませんな歌

歌を詠んだ。
その歌を世に出した。
厳しい批評を受けた。

でもしかし、「すみません」などと言わなくて良い。

自分の伝えたかったことが、伝えきれなかった。
だとしても、歌を詠む人が人に謝らなくてはいけない
歌を詠むはずもなく、伝わらなかったとしたら
伝える力が少し弱かっただけのことと思って
またいつか、その歌を拾ってどうしても伝えたいこと
ならばアレンジしてみたら良い。
と思うのでありまして

批評する側は、その作者の今と後を踏まえたうえで
批評するべきと私は思うわけです。

特に、若い人には・・・・・・・・


生歌会はイイっ(ひとりごと)

生歌会の生の漏れ出す声が好き。

「何そんなに怒ってんの」やら「それはそれはよーござんした」やら「なるほどーー」やら
考えてなるべく頭で整理して発っせられる評も、もちろん勉強になるけれど、それ以上に
思わず出るリアクションを見るのが好き。

ネットにはないものだ。

ふと思うこと

自分の歌を評されたいと望むなら、どの歌とも向き合うべし。

ありがたい言葉

お世辞でもなんでもなく、素直にありがたく思える言葉がある。
「有難い」と漢字で書くと「なかなかあり得ることではない」というような意味ということになるのだろうか。
(辞書を引けって思うのだけど、この言葉だけはちゃんと辞書で調べたことがない)というか、敢えて調べないことにしている~^

早く本題へ行けっ<自分

今日、塔の数少ないお友達から電話がかかってきた。
いつもは、メールで「今電話してもいいかしら?」とあってからのちに電話がかかってくるのだが、(いや、私はいつ何時でもいっこうに構わないのだけど)
突然の電話、しかもめずらしく夕方にかかってきた。

その電話はいきなり本題からだった。


「いきなり電話してごめんなさいね。でもちょっと気になったもんで」
と、何気に急いでいるよう。
「どうしました?」と聞くと、


「明日香ちゃん、最近何か気負ってない? いや、傷つけていまったらごめんなさいね。許してね・・・・・・」って「気負ってない?」の後のナマンチャラカンチャラの方がよっぽど長く、でもすぐにこの人が何が言いたいのかわかった。
それは確かに私自身も私自身の歌に対してそう感じていたからだ。
もうひとつ
「明日香ちゃんらしく、現代短歌でいくほうがいいと思うの」と言ってくれた。
それも実は私自身も感じていて、ただ、歌の内容によって使い分けたいと考えていたけれど、何か無理があるようなぎこちなさのようなものを自分でも感じていたからだ。
読んでくださる方はどのように感じているのだろう?と思いつつ、聞けず、ひとりボソボソと悩んでいた。

だから、そういう言葉をいただけたのは嬉しかった。
歌会においてももっともっと辛口のコメントが欲しいと思う。
人の歌を批評するのはむつかしいことで、勇気のいることと思う。
歌を詠うことすら怖いと感じることもある。
詠うことによって、人格否定もされかねないと思うからだ。
批評もそれと同じことを考える。
けれど、私は今日、意見を聞かせてくれたことをとても嬉しいと思った。
私の歌について、考えてくださる時間を持っていただけたということに感激した。
歌会ではなおさら嬉しい。
だって、沢山の歌の中から私の歌について、何人もの方が読み、考えてくださっていてそこに意見をいただくために数分でも時間を費やしてくださっているのだから。

例えばこんな歌

怒りつつざる蕎麦食みてなお泣きて空はまるごと青く動かず

隅っこから「何をそんなに怒ることがあったの!」と言う声が上がった。
それは、大袈裟かもしれないけれど、母が子に言うような声に聞こえた。
私は、詠うことで救われている気がしていたが、読む人に救われていることも忘れてはいけない。


きれいになったスーツケース^^

先日のスーツケース事件。
羽田で荷物を受取ろうとしたけど、スーツケースのキャスターの部分が
割れてしまっていたらしく、修理して自宅に送り返してくださったのだったらしい。
夫曰く、もともと少しヒビが入っていて合計4回の乗り継ぎに耐えられるか不安
だったそう。
だけどなんのこっちゃない。伊丹から羽田までも持たなかったというわけでした^^

しかし、そういうことって結構あるみたいで、夫のスーツケースと同じ大きさの
同じような色の代替品がちゃんと用意されているらしく、しかもセキュリティーが
とてつもなくしっかりしているアメリカ用というのがあるらしい。
ちゃんと修理していただいたスーツケース。修理してくださっただけでなく、
とってもきれいにしてくださって夫は大喜びしております。
どうもありがとぉ。

走る走る

なんか、とりとめもないことを書いて走ってる。
相変わらず支離滅裂ことを書いている。
だけど震災には触れられない。
触れようとしても触れられない。
その理由はわかってる。
それは、自身が体験していないからだと思う。
寄せる思いはたくさんある。
それを歌に・・・・・とも思ったりするけれど、今は遠くから見守りたいと思う。
人は自然の前に無力である。でも共存していくしかないのだろうと思う。
それを見守りつつ、私のあり方も考えたい。


などと考えていたら
今日の午後、ものすごく大きな宅急便の荷物が届いた。
宛名を見ると夫であるからして、開けるのを戸惑ったけれど、差出人を見るとどうも空港からのようで
品名には「スーツケース」とある。

へ??
夫が旅立ってから(いや出張)から既に2週間になるわけで、到着メールも普通にあった。
なのに、なんでスーツケースだけが帰還しているのか(汗)
怖くてそのスーツケースの中身を見ていないけど、いやに軽い。
というか、大き過ぎて箱から出す気になれないというのが本音だけど^^

物が軽いってことは中身はないの?
着替えやら、えっとあとなんだろう??(えへっ・・・・知らない^^)
それらをむき出しに持っていったの?
いや、両手に持てるような量でもなかろうに・・・・・
現地から先に荷物だけ送ってきたか??
なんて思ったけど、送り主は最寄空港となっているからして、スーツケースは日本を脱出していないのだよね。

えっと・・・・・・お出かけになられてから二度ほどメールが来たけれど、そのようなこともこのようなことも書いていなかったわけで、気持ち悪くて中身が見られない。 いや、大きすぎて出す気になれないのだった。
というか、その二通のメールってば、一通目は
「無事到着」で二通目は
「金曜に帰る」でありまして。
電報かっ!!

今もなお、狭い玄関にその大きな荷物は鎮座しておりまして、恐ろしい・・・・・・

檜アレルギー?

二日ほど前から突然くしゃみと鼻水が止まらず、これは花粉症か?と思っていたら
どんどんその症状が激しさを増してきて、しまいに目にきてうるうると悩ましげな目になっておりまして

電話でその旨を話していた塔のKさんか言うには「今、檜アレルギーが流行っているわよ?」らしく、
ピンと来たのが、リフォームし立ての我が家の和室の引き戸(汗)

特に指定したわけではなかったのだけど、建具屋さんが、「サービスして檜にしておいたよ!」と
納品の際に言っていたのを思い出した。
新しい家は、結構あれこれの木の匂いがするのだけど、檜の匂いは特に鼻についているというか、
私は昔からお檜風呂の匂いが好きだったのだけど、この匂いは好きになれず、「ほんまに檜か?」と
思うほど、イヤミな匂い。

臭い臭いーーと思っていたら反応したのか、とにかくくしゃみが止まらない(泣)

というか、今日の今日まで檜アレルギーなるものを知らなかった。
そしてKさんに「初めて聞きましたっ!」と言ったら「さすが明日香ちゃんねー^^」と
笑われちゃいました。  ヘヘヘ

そう言えば、私は香水の匂いがダメ。
あれをつけて歩く人の気が知れん!!というほど、ダメダメで、くしゃみが止まらなくなる。
ううーーん、木の匂いもカ・・・・・・(悲)

とにもかくにも、この匂い撤去してほしい。




長い時間

もうどのくらい私は短歌を詠んでいないだろ?
けれど、はっきり言えるのは「短歌を辞めます」とは思わないこと。
全く詠まなくなって、よくよく考えればたった1か月なのだけど、ものすごく長い時間が経過した気がする。
どうしても表現したかった心のうちを6年経って連作にした。
満足のいくものではなかったけれど、とにかく連作にした。
それから1か月が経った。

その間に東北を地震津波が襲った。
東日本全体をパニックに陥らせた天災。
この最中に、我が家は新しくする作業が進んでいて、新しいキッチン、新しいお風呂、新しい床。
それらを来週から使いながら新しい生活をしようとしている。
阪神の震災の折に、ガスもない水もない日々を経験したけれど、無事に平穏が保たれている地域を羨ましいとかそういうことは感じなかった。
ただ、一日も薬を欠かせなかった二男の通院先が大きなダメージを受けて、薬を貰いに行くすべもない時に主治医がなんとか手配してくれて大阪の病院に厄介になれたことや、自衛隊の方々の必至の作業を見てただただ有難い気持ちでいっぱいで、それらのことはこ今も忘れずにいる。
実景を詠む。これに増す力はないと思う。
けれど、この震災を直接経験した人にとっては、詠むことも読むことも時間が必要かも知れない。
この一か月の間に何度か歌を詠もうとしてみた。
それによってどこかのどなたかが気持ちを共有してくださるかも知れない。
でも反対にかえって傷つく人もいるかも知れない。
短歌を詠むということについてそれらのことを考える。

私が今、短歌を詠めない理由は私にもわからない。
この度の震災の映像のショックもあるかも知れない。それによって、過去の震災経験がフラッシュバックしているのかもしれない。はたまた、ずっと表現したかったことをし終えて燃え尽きているのかもしれない。
なんだかわからないけど、自分の表現力のなさから来ていることは間違いないと思う。
思うこと、感じることを表現して伝えることのむつかしさを痛感している。

ただ思うのは、歌が好きで歌を詠いだして、それからの人生のうち詠えない時間があるかも知れないけれどやめようとは思わないから。
それも含めて、歌人生なのだろうと思う。

ただただ申し訳ない

今回の地震で被災された方々、どうか頑張ってくださいますように
ただただ今はお祈りするのみで、本当にごめんなさい。
阪神大震災の折、全国の方々に支援いただいて、今こうして暮らすことが
できている身としては、日々もどかしいばかりです。

精神的ダメージが心配です。
現地へ行って、お話をお聞きするだけでもほんの少しのお役に立てるのではないかと
思うのですが・・・・・・
浪人決定の息子もボランティア受け入れ態勢が整い次第、出向いて微力ながらも
何かのお役に立ちたいと考えているようです。

被災された方々、全国にそういう人が大勢いるということにほんの少しの希望を
もって、どうか力を出してください。とお願いするばかり・・・情けない・・・・
連絡の取れない仙台のお友達。
無事を祈っています。


追記:お知り合いの無事を知ることができました。(よかったー)




テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

コーディネートってむつかしい

いやはや、自宅をリフォームするってむつかしいのですね(汗)
特に色の使い方がむつかしいっていうか自分の発想力の無さを連日思い知らされております。

もう既に工事が始まって2週間も過ぎたというのに、なかなか床材が決まらず夕べは無理やりに決めざるを得ないという状況に追い込まれ、無理やりに決めたというようなことになっておりまして、かなり疲れてきました(泣)
去年の10月から何度もリフォーム会社の人と打ち合わせをして、途中でいろいろと変更したりで、工事が始まって届いた床材がびっくりするほど見本と違い・・・・・・
やっぱり、自分で材木店をまわって直接見て、触るといったマメさが必要であったと後悔(先に立たず)
そんなこんなで、工事が始まってから材木店へ^^(遅)

使う木は決めていたものの今度は色に悩む始末。

色目、点数をつけるなら70点くらいで夕べ無理やりに決めたというか、夫に決めさせられちゃいました。
なかなか、思う色を探すというのはむつかしいです。

だいたい、夫と私で好みが全く違う。

洗面室は壁も床も真っ白が良いという私に対して、
「真っ白ーーーーー???? なんでやねんっ!」と夫は言うし、トイレも真っ白にしたいという私に夫は「トイレは最も寛げる場!!!暖っか味のある色にしてくれっ!!」といちいち反抗されてなかなか前に進まない・・・・・

キッチンは私の城!と意気込んでショールームへ行き、マッドな赤がええわ~~~
と言ってとっとと決めて喜んでいたのですが、いざ設置されてみると・・・・・・(変)
リビングは落ち着いたダーク色(になるであろう)
そこへ持ってきて、真赤に燃えるキッチンっ
浮いています。かなり浮いてしまっています。

ぁぁ・・・・・センスなし・・・・

そんなこんなで、ブログの更新もなかなかできず、短歌のほうもちょっとお休み中です。

ああ誰か・・・・・・

お行儀の悪い短歌ください

自分でつくれって?

はうう・・・・・・

ドキドキする人

お笑い芸人のロッジの中岡さんにドキドキしてしまいます。

なんだろう、あの飾り気のなさ。

このリビングに中岡さんがもし居れば、こ~なんていうか、肩の力が抜けて素になれそうな気がするのです。
いや、夫だって別に緊張する感を誘う人ではないのですが、カーディガンを好んで着る男性って何気に好きなのです。
あの眼鏡のしたからのぞく細い糸のような目、そして穴の広がっている鼻の聡明さ、そんでもって一文字に結んだ口元。

文句なしです。
しかも、控えめでありつつでもそこに座っているだけでホッと和ませる存在感。
暖ったかいです。
持って生まれた天性と言うのだろうか。
羨ましいです。

とある番組で、他人の芸を素人観客のように楽しんで観ておられて、手を叩いて喜んでおられた姿は決して嘘偽りのない彼の純粋さと思いました。

なんなのだ・・・・・・あの素敵さは・・・・・・・



雨の日の理屈っぽさが走り出し湯船に放す両手両足

こんばんは。

久々の更新です。

我が家は20日から全面リフォームの工事に入るわけですが、あの阪神大震災以来のリフォームです。
あの時に、水周りを替えなかったので今回は一新することに。
打って変わって体調は近頃良くて、何かが起きる前兆の肩こりはあるけれど、それなりに過ごしています。

さて、今日は教室の日。
そんなことでもなけりゃ、お化粧もしない(実は嫌いなんです!なんたって皮膚呼吸できない顔が気持ち悪いから)顔にお化粧を施し、大阪へ繰り出したわけです。
そこでは、出詠した一首一首に(もちろんわたしの拙歌も)評してくださいます。
この教室に通って一年経って、不思議と作者名が明かされていなくてもどなたの歌なのかわかるようになってきました。
毎月顔を合わせている方々ですが、それぞれのお住まいも年齢も職業もわからない。
けれど、なんとなく歌から想像することが楽しい。

私のことは、皆さんにどのように映っているのだろうか・・・・・私はその時その時に思うことを歌にしているわけですが、詠む人の人間像というものがそこはかとなく表れてしまうので、それはそれは気になるところでした。
シャイな私は、自分から皆さんに声をかけることに躊躇してしまっていて、だから、どなたからか
声をかけられるとたまらなく嬉しい気持ちになります。
甘えん坊で申しわけないと思いつつ、とっても嬉しくて、今日などは帰りがけに駅までたまたまご一緒させていただいた先輩に「今日の歌、すごく良かったわよー」なんて言われて有頂天に。
教室から駅までの道は、10分ほどの道のりですがその10分の間、時間を惜しむようにお話くださった
ことが嬉しくて、久々に更新する運びとなりました^^

何が嬉しかったって

私を30代と思って下さっていたこと^^

いやいや、それもだけど、「今日の歌、ずっと残しておきなさいね」と言って下さったこと。
素直に残しておきます!




今年の抱負

新年明けましておめでとうございます。

不束者ですが、本年もどうぞ宜しくお願い致します。

で、いきなり今年の抱負^^

1.芦屋歌会、今年は出られる限り出席します!!
(相変わらずのトンチンカンな批評を連れて参上いたしますので宜しくお願いします)

2.息子たちをチャンづけで呼ぶのをやめて、クンづけで呼ぶことにします!!
(ええ加減にソレやめて!と元旦から次男坊に指摘されたので)

3.ちょっとのことをいっぱい喜ぶようにします!!
(憧れの方のお年賀状に書かれていたニーチェの言葉、素敵な言葉でした。
 ありがとうございました)

↑正しくは

「もっと喜ぼう。ちょっといいことがあっただけでも、うんと喜ぼう」
                    ニーチェの言葉
と、書かれてありました。


さて、最近拙歌のupがなされていませんが、とある事情から少しの間(ほんの少し^^)
新作のupを控えさせていただいております。
いやいや、たいそうな事ではないのですが、少しまとまった連作を・・・・・と思い、
地道に部屋で細々と詠んでおります。相変わらずヘンテコな歌ですが^^
自分のヘンテコさに思わず噴き出してしまいながらですが^^
またそのうちに、どっさりとヘンテコぶりをお楽しみいただくことになると思いますので、乞うご期待!!

おやすみなさいませ。

あっ・・・随時このブログは更新してまいります!



 

本年もお世話になりました。

少し早いですが、壁紙を来年の干支に替えました。

ぁぁ、今年もいろいろありまして、いつものように年末はバタバタで
更新もなかなかできませんでした(汗)

と言っても、皆様も同じでしょうね。

なんだかんだ言って、今年もあと残すところ二日となってしまいました。
皆様方には大変お世話になりました。
有難うございました。

来年も、徒然なるままに、書いていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。

ものすごく寒い年末年始になりそうな勢いですが、どうぞ御自愛くださいまして良いお年をお迎えくださいますように。
                                 明日香



作ったのだけど作られていない歌

「作ったのたげど作られていない歌」には感動がある。(と思う)

例えば、川本千栄さんの歌。

わたくしがわたくしである必然にわたくしのままこの椅子にいる

子供の頃(今も時々)自分は何で自分の姿でこの世に居るのかを考えて、気持ちが悪かった。
私は父似だと人にもよく言われ、自分でもそう思っていたけれど、自分がこの世に存在していることがとても不思議で、此処に座っていること事態が気持ちの悪いものだった。
自分の考えられる範囲で自分は物事を考え、此処に座っていて、それは必然(父と母が作った)で、それがこうして座っていて、座っていることを感じられる自分の不思議。
突き詰めていくと、その気持ち悪さにどんどん引き込まれていくことになる。
学生の頃、それを思い切って友達に話したら「そんなこと考えたことない!大丈夫か?」と言われたことがあって、なお更不安になったこともあったり。
別に自分の置かれている環境に不満があるわけではないのだけれど、こういう感情を持っていた人が他にも居たのだなということを、この歌を読んで思った。そして少しほっとした。

短歌は自己表現であると思うのだけど、この気持ち悪さを表現するだけの力が私にはなくて、31文字という限られた表現方法に於いて、よくぞ言ってくれたと思って読んだ。
ただ、「自分」というものをまだ受け止め切れていない私よりも、この作者は進んでいて自分の姿を通して私のような不安定な読者に何らか治めるよう訴えているように感じた。

短歌は、自己を表現するものではあるけれど、他者の自己表現から自己を知ることができるのだと思う。

「作られた歌」は私は面白いと感じない。
「作られた歌」は、予め読者の読みを想定されたものであり、いわゆる「受け狙い」であるとわかってしまう歌だと私は思う。
シラケちゃう。
少しでも、それが感じられるとなんだか残念な気持ちになってしまう。
私は例えば自分の罪悪を、美化したり正当化したりしないで歌を詠みたいと思う。

クローゼットの中

小学生の頃、なけなしのお小遣いでたまにマンガ本を買っていた。
弓月光さんのコメディータッチの学園ものが好きだったわけだけど
母に見つかると(大概すぐに見つけられていまう)捨てられてしまうの
繰り返し。だからいつしか読まなくなってしまいました。

反面教師の私は、子供達の読み物を捨てることには抵抗があって、
どんどんじゃんじゃん増えるばかり。
気がつけば、我が家で古本屋ができるのではないか?というほどになっていた。
それで1週間ほどかかって、文庫本などをクローゼットに収納するのに
ネットショップで買った「クローゼット収納(キャスター付)300冊収納可能)を
実に11個・・・・・
一家総出で組み立てて、本を整理した。
それでも収まりきれず、室内に本棚が5個・・・・・
そのうち3分の2ほどはマンガである(泣)
取りあえず、室内を占拠していた古くてでっかい書棚をなんでも屋さんに
引き取ってもらったのでスーーーッとしたけれど。

我が家のクローゼットの大部分を占めている本たち。
度が過ぎるのではないかと思う今日この頃です(汗)


月夜の浜辺

確か小学校六年生の頃。
五つ上の兄は当時、高校生でした。
時々こっそりと兄の居ぬ間に、兄の部屋を物色するのが好きだった(趣味ワル)
私の部屋にはまだ無かった大きな書棚。
そこにある百科辞典で遊ぶのが大好きでした。
その日ふと見つけたのが、中原中也の詩集でした。
開いて読んでみました。
なんとなくわかるようなわかんないような、けれど何かが込み上げてきて
止まらなかった記憶があります。

月夜の浜辺

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
月に向かつてそれは抛れず
浪に向かつてそれは抛れず
僕はそれを袂に入れた。

月夜に晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか

この詩が有名であることも知らず、というより中原中也という人も知らず
小学生だった私が、わけもわからず泣いた記憶がふと蘇ったので、ここに
書き留めておこうと思った次第です^^



不可解な事件

昨日、スーパーに新鮮そうなサンマが売られていたので買った。
2尾200円を2パック。
(ちなみにサンマだけをおかづにしたわけではないわよ?^^)

そう言えばサンマを食するは今年初めてかも知れない。
焼き立ちに大根おろしを乗せてすだちを絞って食べるのが好き♪

ウチでは夕食の時間がそれぞれバラバラで、だからサンマを3度焼くことになる。
第一陣は次男と私、次に帰宅する夫、最後にいつも夜中に帰宅する長男の順。
夕方、4尾の内臓を処理して洗って水気を取って、2尾は冷蔵庫へ。
その後、次男と私が食して(ぇぇ、ビールも一本きっちり飲んで)のほほんとTVを観ていた。
ダラダラしていると、突然大音量で電話が鳴ってビックリ。
(狭い家に親機と子機が一斉に大音量で鳴るのだ)
出てみるとご近所の木下さん。
「今日、来ないの??」
「へっ?どこへ?」
「案内出したでしょ!! 今日は自治会の忘年会ってば!」
「はっ・・・・・・わすれてた・・・・・」
というわけで、慌ててお化粧して、残りのサンマを焼いてラップをかけて二男坊に「あとは宜しく!」と言って飛び出した。

帰宅したら夫がムシャムシャと食べている最中で、長男はまだ帰っていないようだ。
私は、ほろ酔い気分でソファーに寝転がっていたらそのまま寝てしまった。
周りで何が起こっているのか全くわからないほど熟睡していたようだ。

突然、「ねーねー、起きて」と若い男の声が耳元でしたので飛び起きた。
それは長男だった。
「なに?」と聞く前に長男がサンマの乗ったお皿を指して「画鋲が入ってるで!!!」と。。。。。。「えーーーーーーっ!」

それは確かに金色の、普段目にしたことのないような形の小さな画鋲。
「なんで、サンマに画鋲が??」
「それは俺が聞きたい」

ていう会話をしつつ、マジマジとサンマに刺さっている画鋲を見ていた。

どういうこっちゃ??
私は買って帰って内蔵も自分で処理して、しかも自分で洗って、拭き取ったというのに画鋲に気づかないわけがない。

不思議だ・・・・・・
というか怖い(泣)

考えた。朝まで考えた・・・・でもわからない・・・・・

息子があまりない知恵を絞って考えた答え。

「生のときに画鋲がめり込んでいて、焼くことによって身が縮まり押し出されたのではないか?」

ふーむ・・・・・・

不可解だ。

ていうか、なんでめり込んでたのよ(汗)

早速、スーパーに連絡して現物を持ち帰って調べてもらうことにした。
だって、我が家に画鋲というものが存在しないんだもの。
しかも、あれは一般的にはあまり見ない形・・・・

この不可解な事件の真相は如何に。

本を出すということ

いろいろと考える今日この頃。っていうか以前から。

私は逝ってしまうまでに、一冊だけは歌集を出してみたいと思っている。
逝く3日前でもいいし、1ヶ月前でもいいし、1年前でもいい。
決して「有名になりたい」などという気持ちなんて一切ない。
ましてや「人気者になりたい」なんていう願望もない。
歌集を出したいことの意味は、私がこの世に確かに存在したという証であると
思うから。

話は変わるけど、最近過去に起きた一瞬の光景を思い出すことがある。
ここ二、三日はこんなことだった。

長男が小学生の頃ピアノのレッスンを結構本気でしていた時期があって、
先生は当時80歳の某音大の名誉教授であられた人だった。
男の子ということもあって、先生はとても息子のことを可愛がってくださって
特にすぐにへそを曲げてしまう性格の子ということも解ってらしたから
「褒めて教える先生」だった。
五年生のときの発表会。その年は、シューベルト生誕200周年を記念して
お弟子さんの全員がシューベルトの曲を弾くというものだった。
我が息子もワルツから3曲ほど弾かせていただいた。
その発表会の終了後、先生は起立して息子にこうおっしゃった。
「本日は、ご成功おめでとうございました」
何の礼儀も教えていなかったので、ドギマギして私は息子を見守った。
すると息子は、ピンと胸を張って「ありがとうございました」と一礼した。
子供ではなく、ひとりの演奏者として認めていただけた気がした。
と息子は後に私に言った。(今はもうやめちまったけど(泣)
そのほんの2分ほどの時間に起きた光景が、時々思い出される。

華々しくピアニストとして世に出たわけではないけれど、息子にとっても
傍らで必死で指導してきた私にとっても、誰かに認めてもらえるという
経験は、一生の宝物と思う。
それとともに、たったの一言で人生における大切なことを身を持って
教えてくださった今は亡き先生には、息子も私も尊敬と感謝の念で一杯で
そういう姿勢を継ぎたいと思う。
誰かに認めていただくということは、普段にやってきた結果であると思う。
又、純粋に何かをやり続けるというのはそういう気持ちではないかと私は
思うのです。

「愛」という言葉の解釈はとてもむつかしいと思うのだけど、あえて言うなら
「決して見返りを期待せず一心に注ぐもの」と私は考えていて、例えば
歌を愛すると言うならば、そうでありたいと思うのです。

テーマ : 日記
ジャンル : 小説・文学

近況

久しぶりにblogを更新します。

踏んだり蹴ったりという言葉を使うにはまだまだ甘いと思いつつ
甘えん坊の私にとっては、厳しい日々が続いていました。

ひょんなことから、肋骨を二本ほど折ってしまいました(汗)
どうしても行きたかった河野裕子先生を偲ぶ会だったのに
体力に自信のなかった私に夫は即答で、「ついていくよ」と
1ヶ月も前から言ってくれていたのに出席できませんでした。
当日は、きっと会場にコスモスがいっぱい咲いているのだろう
様子を想像しながら
先生の歌の数々が読まれているのだろうと思って過ごし
ました。
私も、もっと先生の近くで先生を感じていたかった。。。。

更に、今月の塔は欠詠してしまいました。
閉め切り一日前の午後5時まで悩んだ末、私のただの愚痴とも言える
歌を恥ずかしくて清書できず、欠詠してしまいました。
でもそんな時期には、たくさん良い歌を読みます。

こんな片隅で歌らしきものを詠んでいる私に、大好きな人から贈られてきた
歌集。それをポストに見つけたときは嬉しくて感激して、私のような者にも
こうして贈ってくださることに感謝しながら、一首一首噛み締めながら
読んでいました。
そして大好きな先生の歌もご家族の真に迫る歌々も。。。。
読んでいるうちに、なんて私はこんなに小さなことに嘆いているのかと
恥ずかしく、しかしながら勇気づけられる日々でした。

またぼちぼちですが、詠いながら歩いてゆこうと思います。
どうぞ宜しく。



わけのわからない歌(汗)

わけのわからない歌をupしてしまった・・・・・(汗)

それで、ベッドを抜け出して消去することにした。

既に見てしまった方々、ホントにすみませんでした。
(よくあることですが)

どうか見なかったことにしてください~
(って、e歌会でも私はこの言葉をよく言っていたような・・・・・)

失礼いたしました。

少し前の歌集だけど

電話批評会、今日もありました^^

その知人が、栗木京子さんの「夏のうしろ」という歌集の感動から
覚めないと言うので、早速お取り寄せすることに。
理知的で聡明な栗木さんの短歌の読みはむつかしい。
これまたかなりの時間が必要なのだろうと思いつつ、届くのが楽しみです。

私はというと、ここのところ(前からかも?^^)どうも刺々しい歌ばかり
が並んでしまう(泣)
でも、歌の中までいい人でいたくないから、そのまま詠おうと思う。
決して多くの人に認められないかも知れないけれど、自分を偽ることは
したくない。
ただ、自分だけの呟きで終わってしまっては詠む意味がないと思うので
発信するという気持ちは持っていなければならないと思う。

私の拙歌に拍手ボタンを押してくださる方、本当にありがとうございます。
救われた気がして、素直に嬉しいです!

最近の不思議

最近アナウンサーたちが「〇〇が人気です」と言う。
「人気です」という言い方は正しい?といつも疑問に思う。

大阪駅前の選挙演説で、小沢コールをしている人たちの
イントネーションが関西のイントネーションでない気がした
のは思い過ごしでしょうか。

今現在、仕事を投げ出して自分が勝つことだけに躍起に
なっている人に国民のことが考えられるでしょうか。

と、呟いてみる・・・・・・



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